わたし・久保田雅人(くぼた・まさと)のまわりで起きた「あんなことこんなこと」・・・。
全国でのイベント裏話や名物・名産、身の回りでのささやかな「出来事」をお話していくつもりです。
お読み頂いたご感想やご意見もお寄せください。
登場人物は、ひょっとしたら、「あなた」かもしれません


あけましておめでとうございます。
番組「つくってあそぼ」が産声を上げて、今年で21年に突入! ...
いやぁ〜いろんなことがありました。
この「日々つれづれ」、これまで20年の舞台裏を、
すこしずつご紹介しましょう ... 今回は、その6回目!
「わくわくさん」としてではなく、「久保田雅人」の備忘録にしたいです... お楽しみに ... 。
今回は、スタート当時の「お正月イベント」の辛く悲しい思い出です。

2010_01_01

新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
皆さんは、この新年をいかがお過ごしでしょうか。
大雪でご苦労されている方も多いことでしょう。
寒さが厳しい季節です、皆さん、お体には、
十分お気をつけ下さい。

わくわくさんとして向かえるお正月は何度目でしょうか。
今から20数年前には、
こんな日々が来るとは思いもしませんでした・・・が、
そうなりたいと思い続けていたのも事実です。

私が子供向けのイベントを初めて行ったのもお正月でした。
場所は福井県福井市。
10月頃から準備を始めて、
本番はお正月2日から6日までの5日間と長丁場でした。
元旦の夕方に東京駅に集合し、
米原経由で福井に到着した我々は、
ホテルにチェックインの後、
食事をしに市内に出てみてビックリ!
な〜んもない、ど〜こもやってない!
いくら元旦の夜とはいえ、福井市といえば、県庁所在地、
にもかかわらず開いているお店がないのです。
「みんなどこに行ってるんだろうか?」
「いくらなんでも人がいなさすぎる。」
「もしかして、宇宙人にUFOで連れ去られたんでは
ないのだろうか?わはははは!」
最後の方は、殆どやけくそな会話で
寒風吹き荒れる市内をさ迷い歩くこと1時間。
やっと見つけた明かりは、喫茶店でした。
とにかく見つかったことに安堵の表情の我々は、
一目散に店内になだれ込み、どっかとソファに身を沈め、
メニューを手にすると、店もおばちゃんが
「すみません、今日はカレーしかできません。」
「・・・・・それでいいです・・・。」
はっきり言ってこんなに寂しい元旦の夜は生まれて初めてです。

その昔、
『おせちもいいけど、カレーもね。』というCMがありましたよね、
でもまさか元旦からカレーとは、考えてませんでした。

そして、いよいよ本番の日がやってきました。
私たちが用意してきたネタは、
まず、海賊船の船長と手下1人(私です。)が登場し、
「宝島の宝物を取りに行くのだが、手下が足りない。
そこでこの会場の中から10人の手下を選ぶ。」と言って、
10人の子供たちをステージに上げてからスタートします。
その後、いろんな怪人が現われて
ゲームで子供たちをステージからふるい落とし、
最後は3人になります。
ゲームを勝ち抜いたその3人には、
宝島の女王様から宝物がもらえるというような内容でした。
緊張の中でも無事に終了。
お客様もたくさん来ていただき嬉しい限りでした。

しかし、最初の3日間は皆さんお休みとあって
お客様も多かったのですが、4日目以降、
どんどんと減っていき、最終日は、
なんと親子全部で5人でした。
ステージに出た瞬間、船長共々言葉を失いました。
だって、10人の子供を上げて初めて成立する内容なのに、
大人を入れても5人です、全員上げても足りないし、
そんなことしたら、お客さんがいなくなり寂しい。
また、ゲームで、
7人をふるい落とす内容ですから
7人を落とそうにも5人しかいないし、
そうしたらステージにだれもいなくなります。
子供向けのイベントは初めての私は、
軽いパニック状態になりました。
船長と一緒になんとか誤魔化し誤魔化し乗り切りましたけど、
実力の無さ、ネーム力の無さをいやというほどに実感しました。
その時、思いました「いつか必ず売れてやる!」と。

その翌年は、同じネタで高知市でお正月を過ごしました。
この時も最初は多くの親子連れでにぎわいましたが、
日を追うごとに福井と同じ結果に。
挙句の果てに帰りの飛行機も列車も取れず、
高知からバスで新宿まで帰ってきました。
ナント13時間もかかりました。
バスは結構揺れて、
みんな寝不足のままたどり着きました。

こうして、散々な正月を過ごした日々が、
今の私を作ってくれたような気がします。
あの辛い思いをしたからこそ、
がんばろう、やってやろう、という気を起こさせてくれたんでしょう。
あの日々に比べれば今の旅は本当にラクチンですよ!

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