わたし・久保田雅人(くぼた・まさと)のまわりで起きた「あんなことこんなこと」・・・。
全国でのイベント裏話や名物・名産、身の回りでのささやかな「出来事」をお話していくつもりです。
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2015_06_01


 この頃、仕事でも私生活でも昭和を思い出すことが多かったなあ。ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、BS−TBS「僕たちは昭和を生きた」という番組で私の思い出の地を巡り、子供時代の話や劇団時代の思い出を話す内容でした。

 昭和36年に新宿区に生まれ、幼年期を下落合で過ごし、五反田で学生生活を送り、練馬区早宮で演劇を学んだ日々の話をしました。実に懐かしい場所を巡ってきましたが、不思議なことに行った先々で当時のことが自然と思いだせるんですよ、本当に。番組に出てきた私が卒園した幼稚園に卒園以来初めて行きました。そこで思い出したのが、入園早々の頃、幼稚園が嫌で嫌で泣いてわめいて門から中に入ろうともせず、先生に腕をつかまれても必死に抵抗したことを思い出しました。そんな私をおいて帰って行く母親の背中をも思い出しました。へんな事を思い出すもんですねえ(笑)。そう言えば、母親から聞いたんですが、教室に連行(?)された後も私はずーっと泣き続けて、なんと先生が「さあ、お帰りの準備をしましょう。」と言う時間まで泣いていたそうです。今にして思えば、そこまで泣き続けた私も大したもんです(笑)。それから、先生方の制服が私の頃と同じであることも思い出しました。さすがに先生のお名前までは思い出せませんでした。

 その後に子供の頃によく遊んだ神社や公園にも行きました。そこも下落合を出てから初めて行きました。ずいぶんと変わってましたが、歩いているといろいろと思いだしてくるから不思議なものですねえ。今回残念なことに子供の頃によく行った駄菓子屋さんに行けなかったことです。行きたかったなあ、あの駄菓子屋さん。あそこは、私たちの社交場でした。行けば誰かがいる、何かして遊べる、何かがある、そんな場所でした。

 それと駄菓子屋さんで『大人の狡さ』を学びましたねえ。例えば、クジなどで10円をおばちゃんに渡しどれにしようか悩んでいると、おばちゃんは、『そこのところが当たると思うよ〜』なんて言うもんだからそこを引くと必ずと言いていいほど「はずれ!」でした。『あれ?はずれだったねえ。残念だったね。』とのたまうおばちゃん。それを何度繰り返したことでしょう。その中で『あ〜、大人ってなんてずるいんだ!』と言うことを学びました(笑)。駄菓子屋さんは当時はどこの町内にもあり、ましてや学校のそばには1軒はあったもんですが、今はほとんど見かけなくなってさびしい限りです。あったとしても、ショッピングモールの中に昭和の駄菓子屋さんをイメージしたつくりの単なるお菓子屋さんですよねえ。

 私に言わせてもらうと、『子どもを騙すような大人が店番をしている』『明らかに体に悪いような色をしていて、臭いだけはとってもいいお菓子が並んでいる』というのが駄菓子屋さんの条件ですし、何と言っても『ほとんど当たることが無いクジをおいている』ことが大条件です(笑)。あの〜、別に駄菓子屋さんを誹謗中傷しているわけではありませんよ、本当に。今現在、営業している駄菓子屋さんが悪いといいているわけではありませんよ、本当に。私の個人的な意見で、このようなお店の大切さを知ってほしいと思うのですよ。昭和には、それこそ『子どもを騙すような店』が普通にあり、その存在を社会が普通に認めていたんです。その店に通うことで、子供は子供なりに社会勉強をしていたんです。お店のおばちゃんとの会話を楽しんだりもして、親以外の大人との話の仕方というものを学びました。お店の前を菓子の包み紙やアイスの棒で散らかすと「あんたら自分でちゃんと片付けな!」って叱られた記憶はありませんか?それって今にして思えばとっても大切な教育の一環でしたねえ。親以外の大人に怒られる経験が今の子供たちには無いというのが私は怖い事だと思っています。つまり、『見知らぬ大人の怖さと大人の狡さ』ということを子供のうちに経験して欲しいということを言いたいのです。子供時代にこの怖さを知らないから10代になって、変な大人の言葉に簡単に引っかかるのですよ。見知らぬ大人に対する警戒心が無さすぎるんです。

 子供の頃に『大人に騙された経験』がやがていかに生かされるかという点を今の大人がわかっていないと考えています。少し、大げさな言い方だとは思いますが、今の自分を振り返ると落合の駄菓子屋さんでの経験がどこかで生きていると思うんです。今の駄菓子屋さんだとお店の人とはほとんど会話が無く店を出て行くだけですねえ。「いらっしゃいませ」「〇〇円です」「ありがとうございました」というマニュアル通りの言葉しかありませんし、お客の方も特にお店の人との会話を求めてもいないそぶりですしね。寂しい人間関係でした成り立っていない今の社会の一面を表している気がします。親が子供にもっと怖い思いをさせる大切さを考えたいもんです。


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